谷会長がH氏と共にG社を設立したのは、1998年9月。最初は世田谷区の小さなオフィスでの開業でした。
立ち上げ当時の忙しさは、「筆舌に尽くしがたい」と谷会長は言います。何から何までを二人で行い、寝る間も惜しんで働きました。
以前に務めていた会社から一件の顧客も引き継がずに始めたG社。まったくゼロからのスタートでは、役員まで勤めた二人も一介の営業マンとして走り回る必要がありました。
「営業に出かけたのは、主に首都圏の近郊地。他の会社の営業マンが行きたがらないエリアを選んで、物件情報をかき集め、出店意欲がありそうな業者を選んで飛び込み営業をかけました。初めて契約が取れたのは、松戸の『ラ・パルレ』というエステティックサロン。起業して3ヶ月ぐらいのことでした。これは、今でも忘れません」
立ち上げ時には、昼間は自ら営業活動に飛び回り、夜には会社運営のためのマニュアル作り。そんな多忙な毎日の中で実績も着実に上がり続け、人員も増員して体制も強化。翌年の9月には日本橋により規模の大きなオフィスを構えるに至りました。この間の成長は非常に目覚ましいものです。
さらに翌2000年7月、本社を渋谷駅の近くに移転。人員の増員に合わせたオフィス移転で、着実に都心に移動を続けていきます。成長に伴い、活動拠点を都心に向けて移動し続けることで、さらなる成長の土台を確実に築き上げていく。この手法によって、G社は業界大手に続く規模にまで拡大したのです。
1999年には営業マンの補助的役割を担うためにコールセンターも設置。常に活動する営業マンに変わって、既存の顧客の問い合わせに対応したり、新規の問い合わせに対応してビジネスチャンスを創り出す機能を果たしました。
さらに2003年。事業が順調に拡大し続けるG社は、本社を青山に移転します。本社を青山に置くケースは、不動産業では前例を見ないことでした。
「他の会社がしている普通のことをしていたのでは、面白みもオリジナリティもない。他ができないことをやって差別化を図るのも、自社の存在感・先進性を示すのに必要なことです。その意味では、会社の場所も大切なプロフィール。利便性が高い上に、他社がやらないことをしようと考え、青山に本社を構えました。」
G社で自分の理想を形に変えた谷会長。しかしその時、谷会長の目はさらに未来を見据えていたのです。 |